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EXOTICA:青の洞窟 「cruel spiral arousal 《4》――完」

企画2

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EXOTICA:黄の洞窟 「闇を駆ける罪 6」「闇を駆ける罪 7・終」
EXOTICA:白の洞窟 「identity crisis・6」「identity crisis・7」
EXOTICA:赤の洞窟 「They Never Know 6」 「They Never Know 7」



まだ暗い中始まった仕事は、延びに延びて深夜に終わった。
マンションに戻ったカイは、朝出かける際見付けた、キイホルダーにぶら下がった他の鍵に混じって光るあの黄金色の鍵を使って部屋に向かった。それは二人がそこで暮らしているという新たな証拠だった。
ただいまと言って入った部屋は灯りが灯っていなかった。不審に思って中を進むと、ソファでチェンが寝入っていた。
「ヒョン」
肩を揺すると、薄く目を開いてチェンがお帰りと言った。
「もしかして、ずっと寝てた?」
横になったままチェンは答えた。
「うん。そう。こんなに寝られるもんかと思った」
「そんでまだ眠いの?」
「実はそうなんだよな」
ソファのチェンの足辺りに座ったカイは、心配を顔に出して言った。
「それ…大丈夫?やっぱ、病院もっかい行く?」
「うーん、なんか、そもそも俺らおかしいだろ、今。あの洞窟行ってから、何かが狂ってるんだよな」
頭を掻き掻きそう言うチェンに、カイは同意した。
「そうなんだよね。あのとき、…あのドアを開けたのがいけなかったのかなって、俺思ってたんだ」
「ドアのせいかは分かんないけどさ。俺あそこで、どっか違う世界に繋がってるかもみたいな馬鹿なこと言ってたけどさ」
「うん」
「ほんとにそうなってたってことなんかな」
しばしチェンの白っぽい髪と肌と白目だけを見ながらカイは口を閉じた。カーテンの開いた部屋の中は街の灯りだけしか光がなく、チェンは一人で発光しているようだった。
「ヒョン、妖精みたいになってる」
ふとそんなことを言った。
「何言ってんだよ」
チェンの笑顔がカイにその白い歯も見せた。
「ヒョン、ヒョンには、俺から告白したんだよ」
暗いからきっとあまり見えないだろうと、カイは潤んできた目をそのままにしてチェンに言った。
「ヒョン、好き」
他愛もなく涙は落ちたが、放ってカイはチェンを見続けた。
起き上がったチェンは、腕を伸ばしてカイの頬に触れた。そして優しく筋を拭った。
「泣くなよ」
「見えてたの」
「光ってるからな」
鼻をぐずぐず鳴らすカイに、チェンは寄ってその体を抱いた。
二つの体が重なって、カイは思わずぎゅっと力を入れてチェンを強く抱きしめ返した。
「好き」
耳元で囁くと、チェンの体に振動が走った。そして
「ジョンイン」
と、我に返ったような声をチェンが発した。
「ヒョン?」
慌てたカイは体を離して目元を拭いた。
すぐ目の前で見たこともないような表情をしたチェンが、カイを食い入るように見つめていた。
「ジョンイン、俺、思い出した」
「ヒョン?」
「俺お前のこと好きなんだよ。なんで忘れてたんだろう?お前がああ言ってくれて、付き合えて、あんなに幸せだったのに」
息がかかるほど近くにいた二人は、どちらからとも無く顔を近づけ、貪るようにキスを始めた。ジョンインが口付けをしたままチェンを抱き上げ、時を遡るように階段を回りながら上昇し、広いベッドに彼を降ろした。
こんなふうに抱き合いたいと長らく願っていた通り、二人は交わった。
飽くことなくカイはチェンを求めたが、チェンはいつしか眠っていた。気絶したように寝息を立てているチェンを見て、カイは幸福の絶頂にありながら悲しい決意を一人で固めた。

朝起き出すと、チェンを揺り起こしてカイは言った。
「ヒョン、今日、あの洞窟近くでまた仕事なんだ。こないだの続き」
「…そうか」
「うん。で、ヒョン本当は今日オフだけど、一緒に行こう」
「なんで?」
「あの洞窟に行くんだよ」
「…何しに?」
「あそこに行けば、元の世界に戻れるかもしれないと思うんだ」
朝日の中、全体に消え入りそうなチェンは間を置いて言った。
「…戻りたいのか?お前」
眉の間を寄せて、カイは苦しそうに言った。
「ヒョン。ヒョンは多分、ここに来ることと引き換えに、ここでほとんど起きていられないようになっちゃってるんじゃないかなって、俺思う」
言いながらカイはその荒唐無稽さに呆れ、しかし辛さから声が震えた。
「ヒョン、そんなに眠いのなんて変だよ。体はおかしくないんだ、きっとこの世界のせいなんだ、だから向こうに帰らなくちゃ」
「でも俺」
チェンも眉を八の字にした。
「俺、お前とここにいたい」
ごくりと唾を飲みこんだカイは、かすれ気味の声を出して懸命に訴えた。
「ヒョンはここにいたら、歌う仕事ができなくなるよ。そんなの俺、いやだよ」
日の光がチェンの目の涙を照らした。
「一緒に帰ろう。俺たちはあの世界でも幸せだったよ。大丈夫だよ」
そうチェンに言い聞かせながら、カイも泣いていた。
二人は目を擦りながら階段を下った。

メンバーやスタッフからあれこれ声を掛けられながら、チェンは重々気を付けるからと無理を言って車に乗り込み、みんなと共に海を目指した。
しかしチェンは眠ってしまった。
後部座席の彼の隣に陣取ったカイは、膝枕をしてあげながら、無言で窓外を眺めていた。
「やっぱまだ仕事は無理だな。今日一日休ませとこう」
スホが血の気のない顔をしてひたすら眠り続けるチェンを見下ろしそう言うのが聞こえても、何も言わなかった。
目的地に到着し、粛々と仕事をこなしてカイは休憩時間を待った。チェンはと言えば、車の中で眠っていた。
とうとう休みとなった瞬間、カイは車に走った。そしてチェンをおぶり、洞窟へと急いだ。
目を剥いた係員に何も言わず金を渡して中に入ると、青く光る洞窟の一つに早速向かった。
進入し、奥が見え、そこにあの扉を認めると、カイは胸を撫で下ろした。
「ヒョン」
おぶったチェンの顔に頬をくっ付け、カイは言った。
「着いたよ」
「…ああ…」
青く色の付いた二人は、お互いの熱を分け合いながら扉に寄った。
手を伸ばしてカイは祈った。
――ヒョンと一緒に、元いたところに戻りたい――

ノブを捻ってゆっくりと扉を開けた。
願った通り風は起きた。目を瞑りながらカイはこれはと確信した。
二人に向かって吹きすさんだ疾風が過ぎ去った気配に合わせ、カイは前を見た。
そこには岩の壁。
もぞもぞと背中でチェンが動いた。
「ジョンイン」
「ヒョン?目、覚めた?」
「俺寝てたの?悪い、おぶってくれたんだな」
降りるよと言うので腰を下げると、靴音を鳴らしてチェンは地面に立った。
扉の向こうのただの壁面を見て、拍子抜けしたようにチェンは言った。
「ただの壁じゃんなあ。なんで扉があるんだよ」
なぁ、と呼び掛けるチェンを振り向くと、その表情から、カイは悟った。
「ヒョン?」
「ん?」
「もう、眠くないの?」
「ああ、ごめん、俺いつ寝ちゃった?全然覚えてないんだよ」
苦笑するチェンを苦笑して見返し、カイは言った。
「ヒョン、ここ出るまで、手、握っててもいい?」
答えの前に手を取った。
「なんだよ、二人きりだからって、そんなことばっか考えてんのか」
チェンはそう言いつつ嬉しそうに笑い、手を握り返した。
カイは泣き笑いの顔になったのを隠すように下を向いた。
入り口の方に体の向きを変えて、二人は手を繋いだまま歩き出した。
そして穴を出ようというとき、カイは手を解いて走った。それをチェンは、軽やかに笑って追った。











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EXOTICA:青の洞窟 「cruel spiral arousal 《3》」

EXOTICA


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EXOTICA:黄の洞窟 「闇を駆ける罪 4」「闇を駆ける罪 5」
EXOTICA:白の洞窟 「identity crisis・4」 「identity crisis・5」
EXOTICA:赤の洞窟 「They Never Know 4」 「They Never Know 5」



次の日はカイもチェンと一緒にオフとして過ごしていいと言われていたので、何度も何度も目を覚ましながらも、ずっと眠っていた。
眠りから覚めるたび、隣のチェンを覗き込んだ。疲れが出たのか、はたまた何かまだ体に何らかの支障が出ているのか、チェンは昏々と眠っていた。だが様子は普通だったので、そうスタッフの連絡に対し返すと、カイもその後再び寝るということを繰り返した。
そうして時は過ぎ、起き出したのは夕方だった。さすがに体を起こしたカイも、カーテンの間から夕焼けを見たとき、まだ夢の中だろうかと一瞬疑った。こんなに寝たのはいつ振りだろうと思った。
首を横に向けて傍らのベッドを見ると、チェンの姿がなかった。
カイがベッドから飛び出し、「ヒョン!?」と叫ぶと、「ジョンイーン」と声が聞こえた。
ほっとしてぐるぐる回転しながら下に行くと、キッチンにチェンの姿が見えた。
「おはよ。なぁ、これ懐かしくないか?」
そう言うと、チェンは日本で食べたラーメン屋のインスタントラーメンの袋を見せた。
「これ、さっきコンビニに行ったら売っててさ、買っちゃった。腹減ったろ、一緒に食べよう」
袋の説明をよく読みながら調理を進めるチェンに、何もおかしなところがないのを見て取ると、カイは不安な気持ちが穏やかに消えていった。
美しい声の鼻歌が舞い、少しすると二杯分のラーメンがテーブルにいるカイの元にもたらされた。
「さぁ、伸びないうちに食べよ」
チャーシューと白ねぎが乗っているラーメンからは、日本で食べたときと同じ匂いがした。
カイの正面の席にチェンは着いた。
「「いただきます」」
細い麺をずずっと啜ると、とんこつスープが絡まった麺が口の中いっぱいに広がた。
「なぁ、食べながらでいいんだけど、聞いてくれるか」
チェンが鼻を啜って切り出した。
「俺とお前、付き合ってるってことで、いいんだよな?」
質問にひるむと、カイはどういう顔をしたらいいのだろうと迷ったが、とにかくこくりと頷いた。
「じゃあ俺は、何でか分かんないけどその記憶がすっぽり抜けてるんだなあ」
味がよく分からなくなったラーメンを、カイは機械的に口に運んだ。
「つまりさ、お前、俺のことを好きだってことなんだよな?」
唇を突き出し、手を止めたカイは下を向いたまままた首だけで素早く肯定を示した。
「そっかあ」
そう言うと、チェンは丼を傾け、スープを全て飲み干した。
「ふぅ。もう一杯食べたいな。今度作るときには、替え麺も買っとかないとな」
ごく普通にそう言うチェンに、カイも努めて調子を合わせ、答えた。
「うん。もやしとかもあるといいね」
「お前それで足りそう?」
「うん」
チェンは出しておいたグラスの水を一気に飲むと、明るく言った。
「なぁ、その、俺たちが付き合ってたときのこと、いろいろ教えろよ」
「えっ」
飲んだ汁を吐き出しかけ、カイは顔を上げた。
「さっき、ネットも見たんだけど、なんか実感が湧かなくて。直接お前から聞きたいんだよ」
チェンと見つめ合うと、カイは食べるのをやめて言った。
「分かった。ヒョン、体どう?」
「俺?ああ、平気。なんともないよ。ただまだなんとなく眠いけど」
「そっか、よかった。でも眠いなら、できるだけ寝た方がいいよ」
「めちゃくちゃ寝たけどなあ」
「でもまだ眠いんでしょ。俺も早朝ってゆーかほとんど夜中から仕事だから、コンディションのためにも今日は早く寝るよ」
「お前は寝るの好きだからいいだろうけどさ、俺はなんかもったいないよ」
「いいから。言うこと聞きなよ」
「お前に諭されるとはなあ」
「もう、今日は風呂入って寝よう。明日帰ってきたら話すから」
話がまとまると、順々に風呂に入って、身支度をしてまたベッドに戻った。
もしも自分がチェンと今も付き合えていたら。
カイはゆっくり風呂に二人で入ったり、ベッドでのびのびと行為に及んだりできるのにと心の中で悲しんだ。
世界は二人を祝福してくれているのに、チェンはカイを愛していない。
こんなことを望んだわけではないと思いながら、カイはチェンに背を向けて寝た。




続く





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EXOTICA:青の洞窟 「cruel spiral arousal 《2》」

EXOTICA

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EXOTICA:黄の洞窟 「闇を駆ける罪 2」「闇を駆ける罪 3」
EXOTICA:白の洞窟 「identity crisis・2」「identity crisis・3」
EXOTICA:赤の洞窟 「They Never Know 2」「They Never Know 3」





チェンの寝顔を見、しばらくしてからスタッフの元に戻って事情を説明してまた病室に引き返し、付き添って数時間が過ぎた頃、カイは彼が眠りから覚めたのを確認した。そして走り回る内に耳の異常はどこかに消えた。話をしたドクターを見付けてチェンの元に引っ張って行くと、またあらためて検査が始まった。
スタッフと合流してようやく人心地ついたカイは、再び待合室で待機しながら軽く食べたり飲んだりした。
そして今度はスタッフを含め呼ばれ、検査の結果は良好なので、今日はもう帰ってもいいと伝えられた。ただ数日安静にして過ごすことを強く勧められ、何か異常を感じたらすぐに病院に行くようにと念を押された。
周りにいる人間全員から、よく見ていろよとカイは視線でも実際の言葉でも言われ、どきまぎとした。しかしからかっているというのではなく、偽りない愛情のこもった彼らの表情や口ぶりに、困りつつもカイはどこか嬉しくなった。分かりましたと答えるカイは、誇らしく、胸のあたりが温かかった。

カイと、まだ多少ぼんやりしたままのチェンが、スタッフに送られてとあるマンションの前で降ろされた。
そこは事務所から20分ほど歩いたところにある住宅地の一角だった。
「ジョンイン。ここってなんだろう」
「なんか、兄さんと俺の部屋らしいよ」
「え、なんだそれ」
チェンの驚く顔を見て、やはりチェンも自分同様、そんな記憶はないのだと分かってカイは少々安心した。
「俺もさっき、初めて聞かされたんだよ。俺たちもう長いこと、ここで二人で暮らしてるんだって。冗談言われてるのかと思ったけど、そうじゃなかったみたい。ヒョンが倒れてから、なんかいろいろ変なんだ。とにかく中に入ろうよ」
チェンを車の中に乗り込ませるまでにスタッフの一人から今後についてなどの話を聞き、その中でこのマンションの話を出され、どうやってそこに入るのかと聞いたところ鍵忘れたのかと勘違いされ合鍵を渡されていたカイは、恋人の背中を押した。
手渡されていた金色の鍵をオートロック式のドアのインターホン横に付いている鍵穴に入れ、回すと透明な扉はスライドした。
合鍵には青いプラスチックの板が付いており、そこに部屋番号が記載されていた。
ドアを通って、二人はその番号の部屋に向かった。

お目当ての部屋は10階にあった。
部屋は2LDKで、かなり広々としていたが、作りとして何よりも目を引いたのは、リビングの真ん中に螺旋階段があることだった。メゾネットタイプと言えるそこは、階段を上った先は寝室となっており、大きなベッドが並んでいた。
カイが二階に上がり、その枕元に回ってみると、戸棚に写真が並んでいた。そこにはそれぞれ、飼い犬、家族、チェンとくっ付いたカイが映っていた。
このチェンと映った写真は、その場の思いつきで勢いで撮ってしまったもので、こうやって写真立てに入っている様を見ることは絶対にないだろうとカイは思っていた。
ぴったり隙間なく置かれたベッドと、その近くに置かれた二人の写真を見下ろして、カイはなんとも言えぬ心境になった。
そんなカイにチェンの高い声が届いた。
「ジョンイン。降りて来てこれ見ろよ」
名残惜しげに一瞥をまた寝室に投げてから、カイは下に向かった。
チェンはテレビを見つめていた。映っているのは情報番組で、そこに彼らのMVが流れていた。そして、その下にEXO チェンが怪我、活動休止か!?と大きくテロップが出ていた。音楽は流れたまま画面が切り替わると、チェンとカイの大きな写真が映し出され、テロップは「恋人のカイ、病院内でテンヤワンヤ」と変わった。
病院の外で捕まえたらしい通院患者から、カイが医者を探して走り回っていたという証言を得た映像が続いて流された。
立ったまま呆然と画面を見つめながら、
「なぁ、ジョンイン。これは大掛かりなドッキリか何かかな」
とチェンは言った。
「こんなドッキリ、ありえなくない?」
「なら、今ここで言ってることとか、この家はなんなんだよ」
「…分かんない…」
その特集コーナーを見終えると、チェンは静かにテレビを消した。

螺旋階段下に設置されたたっぷりとしたソファに腰を下ろし、カイはチェンに話を始めた。
「ヒョン、ヒョンはこれから三日間、休みになったんだ」
「え?さっきのマジなの?仕事は?」
「なんとかするって」
「なんとかなんてなんなくないか?」
「俺らだけでまず進められるだけ進めるって」
「俺できるよ」
「ダメだよ。医者からも言われてるんだよ、数日無理はさせるなって」
「でも…」
「もう決まったことだから、とにかく休んで。俺たちみんな心配なんだよ」
「…ごめん」
「謝んないでよ。こうなったら、思う存分休暇を楽しみなよ」
カイは辺りを見回して笑って言った。
「こんないい部屋にいられるんだしさ」
チェンも部屋の中を見渡し、力の抜けた顔で言った。
「…なんなんだろうな、一体…」
気落ちしたチェンを見てカイは自身も気持ちが沈んだ。体の故障で仕事を休まなければならなくなった経験を自分でもしていることで、チェンの気持ちがよく分かった。
「ヒョン」
「ごめんな」
「え?」
「俺と付き合ってるとか、訳分かんないよな。俺も分かんないけど。その上今なんにもお前にしてやれなくて、本当にごめん」
カイは言われたことを頭で繰り返し、しばらくしてから聞いた。
「…ヒョン、ヒョンは、俺と付き合ってる、よね…?」
上目遣いでそう質問すると、小首をかしげてチェンは噴き出した。
「何言ってるんだよ。どうしてお前が俺と付き合うんだ」
チェンらしい笑顔でそう言われ、カイはチェンが倒れているのを見たときと同じくらいの激しいショックを受け、黙った。

チェンを寝室に連れて行くと、目を丸くしたチェンは、
「マジで俺らカップルなんだ」
と呟いた。
横になって、先程カイが見つめた二人のショットをチェンも見つけると、こんなの撮ったっけなあ、と言い、またもやカイは胸が締め付けられた。
「いいから寝なよ、眠いんでしょ」
布団を掛けながらカイが言うと、ごめん、ありがととチェンは返し、あっという間に本当に眠りに落ちた。
少しの間寝姿を見守ってから、カイは下に降り、リビングにあった自分のノートPCからネットでグループのホームページやファンクラブの掲示板、ツイッターなどを確認して回った。それに何も問題はなく、ただチェンのこと、そして彼の恋人としてのカイのことをファンが心配しているだけだった。
続いて検索ワードを入力した。
「EXO カイ」と入れると、予測検索項目に「恋人」の文字が出た。クリックすると、検索結果の中にカイとチェンが如何に恋人同士になったのかについて、まとめられているサイトがあった。
それを覗くと、お互いが好きになった経緯、いつから付き合っているのか、どのように世間に公表したのか、そして今回のチェンのことでカイが病院内を駆けずり回ったということまで書かれてあった。そして、出来事ごとのファンを始めとした人々のリアクションもそこには添えられていた。当初確かにかなりの動揺はあったが、二人の幸せがファンの幸せということでおおむね見解が一致し、皆で祝福をするという結論に至っていた。
液晶から目を離し、立ち上がったカイは部屋の中を意味もなく歩き回った。
大変な衝撃だったが、病院で感じたようなあの曰くいいがたい幸福感が彼の体に再び満ちていた。
でもチェンは自分と付き合ってなどいないと思っている。
それを思い出すとなおさらカイの歩きのスピードは速まった。複雑な感情を持て余し、食事も摂らずに階上へ行くと、チェンの寝ていない方のベッドに横になって目を閉じた。そしてそのまま眠ってしまった。

夢を見ている。
夢の中でそう感じることを、日本では明晰夢と言うのだと、日本のプロデューサーから聞いたことがある。
ライブの練習を終え、チェンと一緒に自宅に帰る途中買ったテイクアウト品を、なんということもない話をしながら食べ、お酒を飲みながら過ごし、寝る。
二人は恋人同士だ。誰をはばかることもない。
でもこれは夢だと知っている。だからカイは泣いた。夢の中でチェンが心配そうにカイを慰める。それでもっと、涙は流れた。



続く




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EXOTICA:青の洞窟 「cruel spiral arousal 《1》」

EXOTICA

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EXOTICA:洞窟の外「LA SIESTA」
EXOTICA:黄の洞窟 「闇を駆ける罪 1」
EXOTICA:白の洞窟 「identity crisis・1」
EXOTICA:緑の洞窟 「触手」
EXOTICA:赤の洞窟 「They Never Know 1」






消毒薬のつんとした匂いを感じ、チェンは目を開いた。
見知らぬベッドの上に、横たわっていた。
格子状に縁取られたアイボリー色の天井が視界の中に広がっている。
上半身を起こすと、側頭部から中心に向かって頭痛がした。
「ヒョン、目ぇ覚めた!?」
ぼやけたチェンの目の中に、おぼろなカイの姿がこちらに近付くのが映った。
「心配してたんだよ。どこか痛いところはない?」
「…あたまが…痛い」
「ちょっと待ってて。今先生呼んでくるから」
カイは入ってきたドアに向かって飛ぶように走った。あそこまでカイが慌てふためくのを久しぶりに見た、とチェンは思った。
カイが遠ざかると、徐々に頭痛は弱まっていき、代わりにまた眠気が襲った。

カイはナースの制止を振りきり、自ら担当医を探した。頭にあるのはただチェンのことだけだった。

前日、チェンは洞窟で、突然気を失い倒れていた。

あの個室のように別れた小洞窟の手前で、自身とカイが一緒の洞窟に入るということになったとき、チェンはじんわりと喜びに浸っていた。一方カイは、そこまで顔には出さなかったが、その得体の知れない道を進むのを実はかなり怖がっていた。そのことを聡く感じ取ったチェンは、カイにおどけた。
「もしこの先が異世界に通じてたら、俺たち二人でそこに行くことになるな」
周りから、期待しすぎだぞ、アホかと声が飛んだ。

足を踏み入れると、洞窟の奥から照らす青い色に二人は染まった。
『異世界にふたりで』
カイは先程のチェンの言葉が頭の中でリフレインしていた。
異世界に行く。
最近観たドラマで、そんなものがあった。交通事故に巻き込まれた拍子に、こことはまったく違う世界に転生してしまう話だった。
ありえないな、と当然だが思っていた。
だけど…、もし、異世界に…隣のチェンと一緒に、ここではないところに行くことができるのなら…。
そんなことを考えてしまうのは、この状況が日常とは違うせいかもしれない。
いつもはEXOのみんなと一緒で、チェンと二人っきりになるのはほんの短い間だけ。メンバーにもマネージャーにも、ましてやファンにも絶対気づかれてはいけない。そんな隙間を探して、二人は逢瀬を重ねていた。ロッカールーム、トイレ、シャワールームなどで、ダンス練習の合間、移動中のトイレ休憩、みんなが寝静まったあとに。
ちょっとしたお喋りやキス、そして時々忙しなくセックスをした。
こんなふうな非日常的な空間で、二人きりでいられるという幸運を得られたならば、今すぐにでも恋人としての情事に耽りたいところだが、カイは躊躇した。誰かがひょっと覗きでもしたらと不安だった。
しかし、カイのことをあまり気にする様子もなく、チェンはゆっくりと足を進めているだけだった。
「なぁ、ジョンイン」
洞窟中に、チェンの通りのいい声が響いた。
「もし、本当にこの先が異世界だったらどうする。そんで、超能力使えたら何する」
「超能力って、ヒョンが電気使えて、俺がワープできるってやつ」
「そうそう。もし俺がマジで電気使いなら、即行でジュンミョ二ヒョンのスマホにいたずらするな」
カイは声を出して笑った。だが異世界に行くということ自体には、やはりぴんと来てはいなかった。
魔法の使えるような、夢みたいな異世界になんて行かなくてもいいけれど。
カイは隣に立つチェンの、色の抜けた髪の毛を見下ろした。
ただ、二人のことを誰も彼もが祝福してくれるような世界だったら。
――そんな世界だったら、行きたい――

「なんか、扉があるな」
チェンが言うように、行き止まりである目の前に、大きな鉄の扉があった。
「いて」
チェンが扉のノブに触ろうとすると、バチと強い音が鳴った。手を引っ込めながらチェンは言った。
「もしかしたら、俺超能力に目覚めたかも」
「ヒョン。それは静電気だよ」
「いや、この扉を開けたら全然違うところに出るのかもしれないぞ」
「じゃあ開けてみようよ」
そう言って、カイはドアノブを握った。「これ開くのか?」とチェンが横で呟く。静電気も発生せずに、ドアはスイっと開いた。
ぶわっと、激しい風が二人を襲った。
あまりの風圧にカイもチェンも目を閉じ、風がやむのを待った。
数秒吹き込んだ突風が静まると、そっとカイは目を開けた。
瞬きをしてよくよく見た先には、龍は飛んでおらず、空に島も浮いておらず、そこは中世ヨーロッパのような世界でも、第三次世界大戦時の世界でも、動物が言葉を喋る世界でもなかった。ただの岩の壁だった。
「どうやって風が入ったのかなあ、ヒョン」
そう言って横を向くと、そこにチェンはいなかった。あれ?と思い視線を動かすと、チェンは目を閉じ、地面にばったりと倒れていた。

起きないチェンを抱きかかえ、みんなの元に照明の色が移ったように青くなったカイは走った。
急いで車に乗せ、カイも周囲の手に押されるようにして同乗すると、すぐさま近くの病院を目指した。

治療中のチェンを、カイと数人のスタッフは待合室で待った。
椅子に座ったカイは耳を塞いで俯いていた。
チェンが倒れているのを発見してから、ずっと耳が変だった。
ある一定の不協和音が、どこか遠くから絶えず反響している感じだった。
閉じた目の中で仰向けになったチェンの姿が浮かび、脳内で気色悪い音色が鳴り続けるのをカイは体を揺らして堪えていた。
誰かの手がカイの肩や背を慰めるように擦り、側に飲み物を置いた。でもカイは顔を上げず、あんなところに入ったことと扉を開けたことをとにかく悔やみ続けていた。

ナースから声を掛けられたとき、カイは自分が水底に沈んでいるような感覚に陥った。音波が真っ直ぐ鼓膜に届いていないように思った。だが構わず急いて、ナースのあとを一人付いて行った。

チェンに会えるのかと思ったら、カイはドクターの部屋に通された。
彼から、チェンには目立った外傷も、脳の検査における異常も、何らかの毒物を吸入したというような徴候も、全てなく、医学的には今睡眠状態であるという説明を受けた。
それを聞き、カイは少し安堵して、じゃあいつ目覚めるのでしょうかと尋ねた。
すると、それははっきりとは答えられないという返事が返ってきた。
驚いたカイに、ドクターは
「ただ眠っているだけですので、すぐに目を覚ます可能性はもちろん高いのですが、もしかしたら少々長引くことも考えられなくはありません。とにかく、少し様子を見てみましょう」
と優しく言った。
カイは恐ろしさが湧き上がると共に耳の中の雑音が増した。一刻も早くチェンの元に行き、目を覚まさせるべく声を掛けたいと思った。暗い顔をしたカイが、チェンのところへ行きたいと申し出ようとしたのと同じタイミングで、ドクターが覗き込むようにしてこう聞いてきた。
「キム・ジョンデさんとお付き合いされているということですが、一緒に暮らされている中で、睡眠障害に関係したような何か気になることなど、これまでありませんでしたか?」
呆気に取られ、カイは黙って彼を見つめた。
だが目の前の人物の顔には、真摯さと同情心が現れているだけだった。

様々な質問にしかたなくカイは正直に答えた。その後チェンの部屋に行ってもいいかを問うと、許可が出たのでドクターの元から去りながら、カイはそう言えばと思った。
カイは一人きりでドクターの話を聞いており、スタッフは誰もそこにいなかった。
焦っていたためそんなことに気を回していられなかったが、考えてみればこうした場合きっと自分でなく事務所の人間に話を聞くものだろうとカイには思えた。彼一人が送り込まれたのは、ドクターだけでなくスタッフにしてみても、カイがここにいる人間の中で最もチェンの身近な存在で、身内として振舞う権利があると判断したことによると考えると、つまり全員が二人が交際していることを知っているということになる。
いつの間にみんな知っていたのだろうとカイは混乱し、困惑した。そんなふうなことを誰からも言われたことはないし、それとなく匂わされたことすらない。知らぬ振りを示し合わせてされていたのかと思うと恥ずかしくなり、プライドを傷付けられもした。
だが今はそんなことに気を取られていられないと、カイは病室に向かいながらチェンに意識を集中した。なかなか起きなかったらと思うと、耳鳴りはいや増した。




続く





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Sword and Sorcery 【『海に沈む森の夢』企画1・東方神起二次小説】

馬鹿でかいゼリーの寄せ集めが道を塞いでいた。
無機質のように見えるそれは、この世界でよく見かけるスライムの亜種であった。
スライムに顔などは無いためその表情をうかがい知ることはできず、外見からは、体内にある気泡がぶくぶくと浮かんでいるのが分かるのみであった。
しかしスライムが敵意を露わにしていることは、見る者によく感じ取れた。

ユノもスライムと同じく、この道を通るのに友好的な手段を取ろうとはしていなかった。
好戦的な性質ではないが、敵意を感じる相手には容赦をする事は決してない。ユノはスライムから5メートルほど離れたところで武器を構え直した。
体の前に翳した盾に半身を隠しながら、スライムへと近付いていく。盾と逆の手には、抜刀した片手剣を持っていた。
敵の攻撃を盾で受け流し、その隙に剣で一撃を与える。それが、片手剣と盾を持ったときのユノの主な戦法である。

だが今一戦を交えようとしているスライムには、その戦法を取ることはできなかった。
日頃相対する青色のスライムは、体当たりなどの近接攻撃だけなのだが、この紫のそれは違った。
ユノが一気にスライムとの距離を詰めようとしたとき、スライムはその口(そう断言はできないが)から自身と同色の液体を吐き出した。
ユノは喫驚した。そのために生まれた一瞬の遅れが、彼の生命を奪おうと試みた。
スライムの液体を浴び、その体は溶け、死がユノを襲った。

とはならなかった。

その持ち前の運動神経を発揮し、ユノは体を翻し液体を避けた。
飛んだぶよんとしたスライムの吐瀉物は、ユノの背後の大木の幹に掛かった。木にぶつかると、その紫はあたりに飛び散り、色を塗ったようになった箇所がジュージューと音を出しながら溶解した。年輪を重ねた巨木を支えていた幹が、損傷したことで自重に耐え切れなくなり、ばきばきと折れた。
哀れな大木が倒れると共に、周囲一帯に土ぼこりが舞う。
その隙に、ユノは近場の岩陰に身を隠した。
「なんだよあいつ」
毒づきながら、本物の毒を放つ敵を岩から目をそっと出し、見守る。靄がかった視界の中で、倒すべき相手が同じ場所に居座っているのが目に映った。
"こっちを見た"
そう感じ、心中つぶやいたとき、スライムはまた毒唾を放った。
顔を引っ込めると同時に、水音とはやはり違う、毒の塊が岩に当たる、粘りを含んだ物質の貼り付く音がした。
さっき手に掛けた木のように、一気に溶かすということはしなかったが、岩に付着した毒液はまた同じ音を立ててその表面を融解し、壊していった。
狼狽がユノを覆った。
いつもと違う状況に対してのそれでもあったが、ここをひとりで切り抜けるのは非常に困難だと悟ったことが何よりも大きかった。
決して、ユノは弱いわけではない。
単身でゴブリンの集団を蹴散らすことさえできる。つまり彼はこの時代において、単機としては最強に近い力を有していた。
だがそれは、接近戦のときにという条件が付く。
遠距離での攻撃に対しては防戦一方となってしまうのが、彼の最大の、そして決定的な弱点であった。
またユノは本来、両手で大剣を操る使い手であるが、今はとある事情で常態とは違うスタイルで戦いに臨んでいた。その盾は魔法が施され、ドラゴンブレスなども防ぐことのできるほど強度を上げられている。が、今回のような毒にどの程度それがもつかは、まったくもって未知数であった。
そのことでよりユノの懸念は深まった。何もかもが常と違いすぎる。
「このままジリ貧になるなら、突っ込むか」
隠れている間中、毒の唾攻撃は止まらなかった。
このような場合、他の冒険者であれば逃げるという選択肢を考慮するが、彼にはそうしたところがなかった。とにかく、前進あるのみ。それがユノであった。
盾の防御力を信じ、攻撃の間隙を縫うべく、飛び出すタイミングを計った。
"いざ、そのとき"
飛び出そうとした瞬間、ユノはうなじにピリピリとした感覚を得た。
それは、これまでにも幾度と無く体感している"彼"の魔法の気配であった。
魔法力の無いユノには、本来その感触は分からない。が、何故か彼の魔法だけは違った。ある、と感じることができた。
振り返ると、群青色のローブのフードを目深に被った長身の青年が、手を上に掲げていた。
魔法の詠唱を始めており、掌の上、浮かぶように一メートル程の火の玉が発生している。
その魔法使いが手を素早く振り下ろすと、大きな火はスライム目掛けてまっすぐに飛んでいった。
身の危険を感じたのか、スライムはそれに向かって攻撃を仕掛けた。紫色の、自身の分身のようなぶるぶる震えるものを大量に放つ。
しかし火の玉はその炎で唾を蒸発させた。勢いを衰えさせること無く、そのままそれはスライムに向かって飛んだ。
スライムに玉がぶつかろうというとき、ユノは再度物陰に潜んだ。
爆風が起こる。周りの木の葉が音を立てて揺れる。
注意深く魔法の玉が飛翔した先を見つめると、そこには元はスライムだったものの跡だけが地面にへばりつき、残っていた。
「いつ見ても、その魔法はすごいよな!!」
立ち上がったユノは、感に堪えぬように魔法使いに声を掛けた。
「遅くなってすみません」
その男は顔をさらし、ユノに駆け寄った。
彼はチャンミンと言い、ユノの長年のパートナーだ。大きな目を見開くようにして彼は尋ねた。
「怪我とか無かったですか」
「大丈夫だよ。それより、あれは採取できたか?」
「はい、これですよ」
ポーチから、チャンミンは親指ほどの小瓶を取り出す。その中には、どろっとした黄金色の液体がたっぷりと入っていた。
「世界樹の蜜。これだけの量があれば、今回のクエストの依頼には十分だと思います」
チャンミンはそう言いながら、輝く中身の詰まった瓶を、ポーチにまた収めた。
「それも、兄さんが魔物を引き付けてくれていたおかげですよ」
世界樹は、この森の奥深い中に生えている誰もが知る老木である。
葉は魔力を回復・向上させる力があり、またこの時期にだけ、木はその幹から樹液を出す。
それは葉以上の強い効力を持っており、そのため我先にと吸うことを求め、森中の魔物がそこに集う。
つまり蜜を集めるには、まず貪欲な魔物たちを世界樹から引き離す必要があった。
魔物を手当たり次第に片付けていくという方法もないではないが、その際、木に双方の攻撃が当たることで、蜜を喪失してしまったら元も子もない。
確実に手に入れるため、ユノが敵方を木から遠ざける役目を担い、チャンミンはその隙に蜜の採取作業をしていた。
「これ、返すよ」
ユノは、腰にぶら下げていた平べったく丸い香炉をチャンミンに手渡した。中から、薄く白い煙が出ている。
チャンミンはそれを受け取ると、蓋を開け、緑の渦状の香が立ち上る芯の先を折り、煙を消した。
「その香はすごい効果だったよ。おかげであんなスライムまで来ちゃったけど」
「すみません。でも、このくらい強力で無いと樹液を諦めてくれませんので」
魔物寄せの香であった。そのにおいを嗅いだ魔物は、元を確かめずにはいられなくなる。
「いや、褒めてるんだよ。チャンミンの魔法薬には助けられてるから。ほんと」
「分かってますよ、兄さんがいやみを言えないのは」
チャンミンはそう言うと、地面にしゃがみ込み、土に線を引き出した。
「にしても、さっきのはほんと、危なかった」
ユノは、線を引いているチャンミンを見下ろしながら、紫色のスライムのことを思い出して言った。
「距離取られると太刀打ちできないからなー。今度はチャンミンが引き付ける役やってくんない」
「それは無理です。前も言いましたけど、僕と兄さんとでは体力が全然違います。それに僕は厭戦的なので、そういったのにはもともと向いてないんですよ」
「え、えんせんてき?」
「それに、兄さんは惹き付けやすい性質ですからね。魔物も人も…」
まるで自分自身に言うかのように、言葉の後半をチャンミンは呟いた。
「え、今なんて言ったの?」
チャンミンはユノからの問い掛けを無視して、俯いたまま線を引いていった。
「兄さん、そこ邪魔です」
線が進むところにユノの足があり、地面を見つめてチャンミンは言った。
「いつも俺の足元に線を引くけど、向こう側じゃ駄目なのか」
「兄さんが書くべき場所に毎度いるんですよ」
間髪入れずチャンミンは返し、ユノはしぶしぶ足をどかす。
2メートル四方に四角く線を書き終えると、線の端に立ち、チャンミンは魔法を唱えた。
空気が軽く振動する。と、線で囲んだ中央の空間に、人の身長ほどもある四角い箱が現れた。
箱の四側面にはそれぞれ色が塗られており、取っ手もひとつずつ付いていた。
チャンミンはそのうちの青く塗られた面に近付き、取っ手を引いた。
中は棚が段のように続き、瓶や麻袋に入った魔法薬が所狭しと並べられている。
「兄さんも、装備交換した方がいいですよね」
チャンミンは用いた香炉を棚のフックに掛けながら、相棒に声を掛けた。
「そうだった」
ユノは、赤い面に近付き、扉を開けた。防具や武器が山と入っているそこは、チャンミンのクローゼットのように綺麗に整理などはされておらず、ただ使い終わったら放り込まれているということがすぐ分かるような惨状であった。
「前から思ってんだけど、この中って見た目以上に広くないか」
まじまじとユノは私物を眺めながらチャンミンに言う。
チャンミンはユノの方を見もせず、扉の中の薬草の残量を確認しながら
「魔法ですから」
と答えた。
「そっか」
ユノはそれで納得し、装備の類をその中に押し込んだ。
そして、それだけはきちんと壁に掛けてある、一際大きな剣を手に取った。
その剣は、ユノの身長の半分は長さがあり、幅も彼をすべて隠せる。それほどに巨大であった。
「やっぱ、これじゃないとな」
ユノは、それを手にしたまま、ぐいっと背伸びをした。
「いつも言ってますけど、それを使うのは僕がいるときだけにしてくださいね」
チャンミンは、嬉しそうにしているユノに注意した。
「さっきみたいに、防御が必要な交戦のときにはその剣だけじゃ危険すぎますからね」
ユノは基本的に、敵に立ち向かう際、防御のことはこれっぽっちも考えない。
初撃必殺、それがユノのモットーであった。
しかし、当然のことながら、一撃で倒すことのできない敵も存在する。
また、今回のように、相手と距離を取っての戦いでは、先手を打てなくなることもある。
そういう場合、チャンミンがユノをサポートした。
一刀で倒せなかった敵には、止めを。遠距離の敵には、注意を引き、ユノが攻撃を行えるよう、放出系の魔法を。
この、蜜の確保の仕事においては、チャンミンはユノと行動を共にできないと分かっていたため、強い補助魔法を装具に施し、ユノの戦力の底上げをしていた。離れ離れにならざるを得ない依頼となると、そうするのが習慣だった。
2人はそのようにして、これまで数多の敵を倒し、仕事を完遂してきたのだ。
「あのスライムの排泄攻撃位だったら、僕の魔法を掛けた盾で防げますからね」
魔法具の整頓を終えたチャンミンは、戸を閉めつつ、ユノに声を掛けた。
「もっと、僕の魔法を信じていいんですよ」
チャンミンは、ユノがあんなスライム相手に手をこまねいてた原因はそこだろうというように、若干顔を暗くした。
ユノは話を聞きながら、抜刀が上手くできるよう、背中に背負った大剣の位置を調整していた。相方が少しふくれっつらになっていることに遅まきながら気が付くと、いたって穏やかにこう返した。
「分かってるよ。信じてるよ俺は」
そう言って、抜き具合を確かめるため、剣を引いた。
その動きが宙を切り裂き、森の空気を震わせる。
ユノは鞘の位置に満足し、剣をそこに戻した。
「じゃあ、帰りますか。早くご飯が食べたいです」
チャンミンは、チェストを出した魔方陣を消し、ローブの頭巾を再度被り、歩を進めた。
「なぁ、その蜜ってギルドに渡しても、少し余るよな」
ユノはチャンミンの横に並び、蜜の量を思い出しながら聞いた。
「えぇ、半分くらい余ると思いますよ」
「じゃあ、それ明日の朝にパンに塗って食べてみたいな」
ユノはチャンミンから、それとなく目を逸らして言った。
「前にさ、ギルドのシンドンがおいしそうに舐めているのを見たんだよね」
チャンミンはそれを思い出したことで甘い顔になったユノを見て、
「あれは、魔法力の回復のためですよ。その力の無いあなたには不要でしょ」
とその案を一蹴した。
「そうか。あれ、甘くておいしそうだったんだけどな」
「そうですね。この世のものとは思えない甘さですよ」
それを聞き、ショボーンとしたユノを見て、チャンミンは言葉を続けた。
「パンに塗ってでは味気ないので、蜜飴作ってあげますよ」
そしてフードの中で笑った。
ユノもそれを聞き、ニカッと笑った。
「優しいチャンミンとパーティ組んで良かったよ」
そう言うと、おもむろにチャンミンへと、その顔を近づけた。

森の深いところでは、世界樹が中から蜜をまたゆっくりと溢れさせていた。

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