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Sword and Sorcery 【『海に沈む森の夢』企画1・東方神起二次小説】

馬鹿でかいゼリーの寄せ集めが道を塞いでいた。
無機質のように見えるそれは、この世界でよく見かけるスライムの亜種であった。
スライムに顔などは無いためその表情をうかがい知ることはできず、外見からは、体内にある気泡がぶくぶくと浮かんでいるのが分かるのみであった。
しかしスライムが敵意を露わにしていることは、見る者によく感じ取れた。

ユノもスライムと同じく、この道を通るのに友好的な手段を取ろうとはしていなかった。
好戦的な性質ではないが、敵意を感じる相手には容赦をする事は決してない。ユノはスライムから5メートルほど離れたところで武器を構え直した。
体の前に翳した盾に半身を隠しながら、スライムへと近付いていく。盾と逆の手には、抜刀した片手剣を持っていた。
敵の攻撃を盾で受け流し、その隙に剣で一撃を与える。それが、片手剣と盾を持ったときのユノの主な戦法である。

だが今一戦を交えようとしているスライムには、その戦法を取ることはできなかった。
日頃相対する青色のスライムは、体当たりなどの近接攻撃だけなのだが、この紫のそれは違った。
ユノが一気にスライムとの距離を詰めようとしたとき、スライムはその口(そう断言はできないが)から自身と同色の液体を吐き出した。
ユノは喫驚した。そのために生まれた一瞬の遅れが、彼の生命を奪おうと試みた。
スライムの液体を浴び、その体は溶け、死がユノを襲った。

とはならなかった。

その持ち前の運動神経を発揮し、ユノは体を翻し液体を避けた。
飛んだぶよんとしたスライムの吐瀉物は、ユノの背後の大木の幹に掛かった。木にぶつかると、その紫はあたりに飛び散り、色を塗ったようになった箇所がジュージューと音を出しながら溶解した。年輪を重ねた巨木を支えていた幹が、損傷したことで自重に耐え切れなくなり、ばきばきと折れた。
哀れな大木が倒れると共に、周囲一帯に土ぼこりが舞う。
その隙に、ユノは近場の岩陰に身を隠した。
「なんだよあいつ」
毒づきながら、本物の毒を放つ敵を岩から目をそっと出し、見守る。靄がかった視界の中で、倒すべき相手が同じ場所に居座っているのが目に映った。
"こっちを見た"
そう感じ、心中つぶやいたとき、スライムはまた毒唾を放った。
顔を引っ込めると同時に、水音とはやはり違う、毒の塊が岩に当たる、粘りを含んだ物質の貼り付く音がした。
さっき手に掛けた木のように、一気に溶かすということはしなかったが、岩に付着した毒液はまた同じ音を立ててその表面を融解し、壊していった。
狼狽がユノを覆った。
いつもと違う状況に対してのそれでもあったが、ここをひとりで切り抜けるのは非常に困難だと悟ったことが何よりも大きかった。
決して、ユノは弱いわけではない。
単身でゴブリンの集団を蹴散らすことさえできる。つまり彼はこの時代において、単機としては最強に近い力を有していた。
だがそれは、接近戦のときにという条件が付く。
遠距離での攻撃に対しては防戦一方となってしまうのが、彼の最大の、そして決定的な弱点であった。
またユノは本来、両手で大剣を操る使い手であるが、今はとある事情で常態とは違うスタイルで戦いに臨んでいた。その盾は魔法が施され、ドラゴンブレスなども防ぐことのできるほど強度を上げられている。が、今回のような毒にどの程度それがもつかは、まったくもって未知数であった。
そのことでよりユノの懸念は深まった。何もかもが常と違いすぎる。
「このままジリ貧になるなら、突っ込むか」
隠れている間中、毒の唾攻撃は止まらなかった。
このような場合、他の冒険者であれば逃げるという選択肢を考慮するが、彼にはそうしたところがなかった。とにかく、前進あるのみ。それがユノであった。
盾の防御力を信じ、攻撃の間隙を縫うべく、飛び出すタイミングを計った。
"いざ、そのとき"
飛び出そうとした瞬間、ユノはうなじにピリピリとした感覚を得た。
それは、これまでにも幾度と無く体感している"彼"の魔法の気配であった。
魔法力の無いユノには、本来その感触は分からない。が、何故か彼の魔法だけは違った。ある、と感じることができた。
振り返ると、群青色のローブのフードを目深に被った長身の青年が、手を上に掲げていた。
魔法の詠唱を始めており、掌の上、浮かぶように一メートル程の火の玉が発生している。
その魔法使いが手を素早く振り下ろすと、大きな火はスライム目掛けてまっすぐに飛んでいった。
身の危険を感じたのか、スライムはそれに向かって攻撃を仕掛けた。紫色の、自身の分身のようなぶるぶる震えるものを大量に放つ。
しかし火の玉はその炎で唾を蒸発させた。勢いを衰えさせること無く、そのままそれはスライムに向かって飛んだ。
スライムに玉がぶつかろうというとき、ユノは再度物陰に潜んだ。
爆風が起こる。周りの木の葉が音を立てて揺れる。
注意深く魔法の玉が飛翔した先を見つめると、そこには元はスライムだったものの跡だけが地面にへばりつき、残っていた。
「いつ見ても、その魔法はすごいよな!!」
立ち上がったユノは、感に堪えぬように魔法使いに声を掛けた。
「遅くなってすみません」
その男は顔をさらし、ユノに駆け寄った。
彼はチャンミンと言い、ユノの長年のパートナーだ。大きな目を見開くようにして彼は尋ねた。
「怪我とか無かったですか」
「大丈夫だよ。それより、あれは採取できたか?」
「はい、これですよ」
ポーチから、チャンミンは親指ほどの小瓶を取り出す。その中には、どろっとした黄金色の液体がたっぷりと入っていた。
「世界樹の蜜。これだけの量があれば、今回のクエストの依頼には十分だと思います」
チャンミンはそう言いながら、輝く中身の詰まった瓶を、ポーチにまた収めた。
「それも、兄さんが魔物を引き付けてくれていたおかげですよ」
世界樹は、この森の奥深い中に生えている誰もが知る老木である。
葉は魔力を回復・向上させる力があり、またこの時期にだけ、木はその幹から樹液を出す。
それは葉以上の強い効力を持っており、そのため我先にと吸うことを求め、森中の魔物がそこに集う。
つまり蜜を集めるには、まず貪欲な魔物たちを世界樹から引き離す必要があった。
魔物を手当たり次第に片付けていくという方法もないではないが、その際、木に双方の攻撃が当たることで、蜜を喪失してしまったら元も子もない。
確実に手に入れるため、ユノが敵方を木から遠ざける役目を担い、チャンミンはその隙に蜜の採取作業をしていた。
「これ、返すよ」
ユノは、腰にぶら下げていた平べったく丸い香炉をチャンミンに手渡した。中から、薄く白い煙が出ている。
チャンミンはそれを受け取ると、蓋を開け、緑の渦状の香が立ち上る芯の先を折り、煙を消した。
「その香はすごい効果だったよ。おかげであんなスライムまで来ちゃったけど」
「すみません。でも、このくらい強力で無いと樹液を諦めてくれませんので」
魔物寄せの香であった。そのにおいを嗅いだ魔物は、元を確かめずにはいられなくなる。
「いや、褒めてるんだよ。チャンミンの魔法薬には助けられてるから。ほんと」
「分かってますよ、兄さんがいやみを言えないのは」
チャンミンはそう言うと、地面にしゃがみ込み、土に線を引き出した。
「にしても、さっきのはほんと、危なかった」
ユノは、線を引いているチャンミンを見下ろしながら、紫色のスライムのことを思い出して言った。
「距離取られると太刀打ちできないからなー。今度はチャンミンが引き付ける役やってくんない」
「それは無理です。前も言いましたけど、僕と兄さんとでは体力が全然違います。それに僕は厭戦的なので、そういったのにはもともと向いてないんですよ」
「え、えんせんてき?」
「それに、兄さんは惹き付けやすい性質ですからね。魔物も人も…」
まるで自分自身に言うかのように、言葉の後半をチャンミンは呟いた。
「え、今なんて言ったの?」
チャンミンはユノからの問い掛けを無視して、俯いたまま線を引いていった。
「兄さん、そこ邪魔です」
線が進むところにユノの足があり、地面を見つめてチャンミンは言った。
「いつも俺の足元に線を引くけど、向こう側じゃ駄目なのか」
「兄さんが書くべき場所に毎度いるんですよ」
間髪入れずチャンミンは返し、ユノはしぶしぶ足をどかす。
2メートル四方に四角く線を書き終えると、線の端に立ち、チャンミンは魔法を唱えた。
空気が軽く振動する。と、線で囲んだ中央の空間に、人の身長ほどもある四角い箱が現れた。
箱の四側面にはそれぞれ色が塗られており、取っ手もひとつずつ付いていた。
チャンミンはそのうちの青く塗られた面に近付き、取っ手を引いた。
中は棚が段のように続き、瓶や麻袋に入った魔法薬が所狭しと並べられている。
「兄さんも、装備交換した方がいいですよね」
チャンミンは用いた香炉を棚のフックに掛けながら、相棒に声を掛けた。
「そうだった」
ユノは、赤い面に近付き、扉を開けた。防具や武器が山と入っているそこは、チャンミンのクローゼットのように綺麗に整理などはされておらず、ただ使い終わったら放り込まれているということがすぐ分かるような惨状であった。
「前から思ってんだけど、この中って見た目以上に広くないか」
まじまじとユノは私物を眺めながらチャンミンに言う。
チャンミンはユノの方を見もせず、扉の中の薬草の残量を確認しながら
「魔法ですから」
と答えた。
「そっか」
ユノはそれで納得し、装備の類をその中に押し込んだ。
そして、それだけはきちんと壁に掛けてある、一際大きな剣を手に取った。
その剣は、ユノの身長の半分は長さがあり、幅も彼をすべて隠せる。それほどに巨大であった。
「やっぱ、これじゃないとな」
ユノは、それを手にしたまま、ぐいっと背伸びをした。
「いつも言ってますけど、それを使うのは僕がいるときだけにしてくださいね」
チャンミンは、嬉しそうにしているユノに注意した。
「さっきみたいに、防御が必要な交戦のときにはその剣だけじゃ危険すぎますからね」
ユノは基本的に、敵に立ち向かう際、防御のことはこれっぽっちも考えない。
初撃必殺、それがユノのモットーであった。
しかし、当然のことながら、一撃で倒すことのできない敵も存在する。
また、今回のように、相手と距離を取っての戦いでは、先手を打てなくなることもある。
そういう場合、チャンミンがユノをサポートした。
一刀で倒せなかった敵には、止めを。遠距離の敵には、注意を引き、ユノが攻撃を行えるよう、放出系の魔法を。
この、蜜の確保の仕事においては、チャンミンはユノと行動を共にできないと分かっていたため、強い補助魔法を装具に施し、ユノの戦力の底上げをしていた。離れ離れにならざるを得ない依頼となると、そうするのが習慣だった。
2人はそのようにして、これまで数多の敵を倒し、仕事を完遂してきたのだ。
「あのスライムの排泄攻撃位だったら、僕の魔法を掛けた盾で防げますからね」
魔法具の整頓を終えたチャンミンは、戸を閉めつつ、ユノに声を掛けた。
「もっと、僕の魔法を信じていいんですよ」
チャンミンは、ユノがあんなスライム相手に手をこまねいてた原因はそこだろうというように、若干顔を暗くした。
ユノは話を聞きながら、抜刀が上手くできるよう、背中に背負った大剣の位置を調整していた。相方が少しふくれっつらになっていることに遅まきながら気が付くと、いたって穏やかにこう返した。
「分かってるよ。信じてるよ俺は」
そう言って、抜き具合を確かめるため、剣を引いた。
その動きが宙を切り裂き、森の空気を震わせる。
ユノは鞘の位置に満足し、剣をそこに戻した。
「じゃあ、帰りますか。早くご飯が食べたいです」
チャンミンは、チェストを出した魔方陣を消し、ローブの頭巾を再度被り、歩を進めた。
「なぁ、その蜜ってギルドに渡しても、少し余るよな」
ユノはチャンミンの横に並び、蜜の量を思い出しながら聞いた。
「えぇ、半分くらい余ると思いますよ」
「じゃあ、それ明日の朝にパンに塗って食べてみたいな」
ユノはチャンミンから、それとなく目を逸らして言った。
「前にさ、ギルドのシンドンがおいしそうに舐めているのを見たんだよね」
チャンミンはそれを思い出したことで甘い顔になったユノを見て、
「あれは、魔法力の回復のためですよ。その力の無いあなたには不要でしょ」
とその案を一蹴した。
「そうか。あれ、甘くておいしそうだったんだけどな」
「そうですね。この世のものとは思えない甘さですよ」
それを聞き、ショボーンとしたユノを見て、チャンミンは言葉を続けた。
「パンに塗ってでは味気ないので、蜜飴作ってあげますよ」
そしてフードの中で笑った。
ユノもそれを聞き、ニカッと笑った。
「優しいチャンミンとパーティ組んで良かったよ」
そう言うと、おもむろにチャンミンへと、その顔を近づけた。

森の深いところでは、世界樹が中から蜜をまたゆっくりと溢れさせていた。

1 Comments

みむ子(ゆうりんち) says..."お疲れ様でございました!"
βカロテン様、はじめまして!

今回、フェリシティ檸檬様の企画に共に参加させていただきました「みむ子」と申します。
ご挨拶が遅くなりました。
お話は公開された日に拝読させていただいてはいたのですが><

お話の冒頭から「スライム」という単語が出てきて、おお、これは?と少々驚きました。
しかし読み進めていくと、すっかりお話の中の世界に引き込まれていました。
ユノの戦闘シーンは臨場感があり、魔法陣を描くチャンミンの姿、そしてそこから現れる箱も脳内に浮かび上がるようでした。
そしてこのようなスライムが目の前に!とも想像ができ、実際そうなったら私は脱兎のごとく逃げ出すだろうと(笑)

ユノとチャンミンの2人が公私に渡っての相棒であり、それぞれ信頼し合っているのも、そしてチャンミンがユノの扱いが上手いのも、とても伝わってきました。
なんだか戦闘シーンからは想像ができないほどのほのぼの感に笑みも浮かびました^m^

三部作ということで、お時間と気力に余裕ができましたならば、是非とも!
また、これからも何かの時には、いえ、何はなくとも、どうぞよろしくお願いします<m(__)m>

そして今回の企画参加、本当にお疲れ様でした。
それでは、また!
2017.08.04 20:32 | URL | #- [edit]

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